夏の京都

04'7'17

祇園祭は正式には「祇園御霊会」と言います。この祭りは疫病や災いをもたらす怨霊を祀り、慰めることに始り平安時代の中頃には、祇園社を 代表格に「夏の祭り」として定例化されました。御霊会は、神輿の渡御を中心に、にぎやかに囃し立て、芸能を尽くすことが特徴でした。 平安時代後期や鎌倉時代には、御幣や剣鉾、花傘や馬長、田楽などの風流が加わり、さらに室町時代の初頭には、今の鉾や山の御身をなす、大きな鉾や造りやまなどが出現しています。現在のような山や鉾 が町町から参加するようになるのは、室町時代も末、応仁の大乱前後からで、京都の祭り「町衆の祭」としての性格をいっそう強めています。江戸時代は、町の組織も安定し、山鉾も固定化されましたが、町の人々の鉾や山を祈る熱意と意欲 は旺盛でした。今私達が見る山鉾の意匠は、町の人々の大切な歴史的な蓄積の成果ということが出来る。[ 山鉾参観案内書より引用]

"京舞" "祇園" "長楽館" "無鄰庵" "琵琶湖疎水記念館"


TOPへ